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神代之巻
前田青邨
一巻
紙本塁画
縦三二・二 長六八四・一
大正十三年(一九二四)
東京国立近代美術館
歴史画や挿絵で一世を風靡した梶田半古の画塾に学んだ前田青邨(一八八五−一九七七)は、わずか十七歳で師より青邨の雅号を受けた。若手画家による研究会「紅児会」に加わって小林古径らと研鑚を積んだ。大正三年、再興された日本美術院に参加し、以後院展の中心的画家として活躍する。古絵巻など、日本古来の絵画伝統を生かしながら独自の近代的な解釈を盛り込んだ新しい歴史画を本領とした。また戦後は人物群像や肖像画、花鳥画にも「たらし込み」を多用した装飾的画風の優れた作品を生んだ。
大正十二年、美術院の研究費でヨーロッパ遊学を行うが、大英博物館で「女史葴図巻」を模写したことで東洋画の真髄に触れた。帰国後の青邨の画風は、濃彩による装飾的な画風と並行して、白描による澄んだ世界にも冴えを見せている。この作品は、『古事記』のうち「海幸・山幸」神話を絵巻形式に絵画化したものである。ここで青邨は、自由に場面を選択し、絵巻の特性を生かした構成を行っている。濃淡と肥痩のある伸びやかな墨線で描
かれた人物や魚たちは生き生きと動き、砂浜や波、海神の宮などの背景が、単純化された簡素な描写でストーリーの展開を支えている。確かな技術に裏づけられた、近代感覚あふれる作品である。(古田)