歴史資料/書跡・典籍/古文書 文書・書籍 / 安土・桃山
天正6年(1578)11月に大友氏と島津氏との間で戦われた日向高城・耳川の合戦で戦死した市丸右京亮の跡目を息子の市丸弟に譲りの旨に任せて領掌することを田原紹忍(親賢)が認めた書 状。紹忍は、高城・耳川の合戦で大友軍の総指揮をとったが、大敗し、戦死をうわさされたものの1ヶ月後に無事生還した。本書状は、紹忍が生還した天正7年3月18日 に出されたもので、切封の跡や包紙が残るなど、文書の原形をよくとどめている。
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田原親賢書状及坪付
田原親賢/清成山城守資房・竹田津美作守栄之・岡部宮内少輔房清・有永河内守資辰・糸永但馬守幸輔
中村左京亮鎮宥置文(松寿宛)
中村左京亮鎮宥
大友義統書状
大友義統