康永三年(一三四四)の年紀銘のある梵鐘で、南北朝時代の作では鋳造技術のすぐれているものである。三面宝珠の竜頭、ラッパ状の頸に扁平な円錐頭で中央が光っている乳などがこの時代梵鐘の形式であらわされている。池の間四区にわたる銘文は、対馬史においての貴重な金石文である。まず第一に在銘最古の梵鐘であるこどを示し、また上古におけるこの地方を支配していた豪族阿比留氏の一人である宿弥良家がでている。鋳物師覚円と季央とは肥州松浦の住人で、中世肥前鋳工の梵鐘例として数点知られているうち、唯一の製作地からはなれていないものである。