『趙志集』は唐代の人物である趙志にかかわる贈答の詩を収めた詩集で、天理大学所蔵になる本巻は現存唯一の孤本として知られている。本書は成立後ほどなく亡失し逸書となったためか、『全唐詩』などの詩集にも収められておらず、今日に伝わったのは、早い時期にわが国に将来したためと考えられる。
本書は、体裁は巻子装、表紙は焦茶地雲龍文金襴、料紙は楮紙六紙に淡墨界を施して用い、本文は詩一〇首を行一五字前後に、唐代の書風を示しながらもやや温雅な行書体にて書かれており、書風等よりみて、平安時代中期の書写になると認められる。巻頭には「趙志集一巻」の首題があり、さらに「興福/傳法」の朱方印二顆がある。首題の下には本文とは別筆にて「山階傳法供」「十七張」と墨書があり、本書はもと興福寺に伝来し、一七紙で一巻を構成していたことが判明する。
内容は、趙志とその友人である張皓、劉長史、鄭司馬、裴草然、張結、徐長史との間に取り交わされた贈答酬和詩で、晩夏から晩秋にかけて作られた詩を順に収めていると考えられている。趙志およびこれらの人びとの経歴については詳らかでないが、その名前や詩の内容からみて、唐代の地方官人を中心とするグループであったと思われる。
これらの詩篇の多くは五言あるいは四言の古体詩で、対句表現をとるものが多い。修辞のうえでは全体に『文選』の影響を色濃く受けており、唐の官人の間で『文選』が作詩の模範として重用されていたことが知られる。とくに相手の詩を称賛するなど社交儀礼的な詩が中心ではあるが、地方官人としての心情や、隠棲への思いなどについて吐露したものもみられ、当時の官人らの生活の実状を端的に示して興味深い。
本文中には、書写のうえでの若干の誤脱もみえるが、唐鈔本に見いだされる別字や、避諱にかかる文字、表敬の書法である空格を使用していることから、唐鈔本をもとに書写が行われたと思われる。また、伝小野道風筆の綾地切の新楽府などと同様の行末の点法が二か所にみられることは、本書が古くわが国で書写された事実を語っている。
紙背にある『唯識章』については、奥書によれば、長元三年(一〇三〇)十月四日に法相宗興福寺常住伽藍僧経暹が書写し、承徳三年(一〇九九)に法隆寺常住僧覺春が伝領していたことが知られ、『趙志集』の書写年代がこれをさかのぼる平安時代中期であることを裏づけている。
このように本巻は、唐代の官人社会での日常的な贈答詩の作成経過を示す貴重な詩巻で、現存唯一の古写本として漢文学研究上に価値が高い。