京都伏見大火極々本しらべ きょうとふしみたいかごくごくほんしらべ

歴史資料/書跡・典籍/古文書 絵図・地図 / 江戸

  • 元治元年 / 1864年
  • 木版刷
  • 縦35.0、横48.0(cm)
  • 1枚
  • 山口県萩市大字堀内355番地
  • 萩博物館

元治元年(1864)7月の禁門の変により焼失した範囲を示す瓦版。このとき、御所・堀川・鴨川・七条通に囲まれた京都の中心地域で焼失した町数は811町とされる。御所は風上にあたるため類焼を免れた。京都の人々は、手の施しようもなく燃え広がる様子から「どんどん焼け」と呼んだという。この戦いで、尊攘派の中心であった久坂玄瑞や入江九一らが落命し、長州藩は御所に発砲したことで朝敵となった。

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