舊ト水戸藩ノ藩學ニシテ天保九年徳川齊昭之ヲ創メ藩士ノ子弟ヲシテ此ニ文武ノ道ヲ講セシメ弘道館ノ名嘗テ天下ニ高シ域内ニ鹿島神社聖廟弘道館碑等アリ
建築多ク当時ノ物ニシテ舊規尚ホ存ス
旧水戸藩の藩学であって徳川斉昭の創立にかかり、弘道館記は既に天保九年に撰ばれていたが、天保十二年假に開館、ついで安政四年に至って開館式を行った。
南東に向って正門を開き、外側に番所を設け、正門を入って正面に学校御殿と云はれる正庁が建てられ、これにつづいて至善堂がある。維新後、文武その他の学寮等取り拂はれ、敷地も縮少し、更に今次の戦災によって、孔子廟、鹿島神社及び八卦堂等燒失したが、質実にして堂々たる正庁、至善堂を始め孔子廟の戟門、弘道館記の碑等、遺存し、孔子廟はその礎石によって旧規を偲び得べく、著名な藩学としてまた江戸時代に盛行しその文運に貢献するところの多かった藩学の代表的なものとして学術上の価値が極めて高い。