地蔵菩薩坐像は、凝灰岩を石材としており鎌倉時代から南北朝時代の製作が考えられ、凝灰岩製の石造仏は長い年月の間に風化等により像容を損ねてしまうことがありますが、良好に保存されています。本像は、笠懸町西鹿田の天神山産の凝灰岩でつくられた可能性が高く、中世新田の荘の代表的な交易品と考えられ、大間々町小平地区は、中世に園田氏の須永御厨に編入されており、新田氏・薗田氏の支配領域を越えて搬入されたものとして、現時点では渡良瀬川左岸地域における北限を示しています。このように、本像は保存状態が良好である石造仏として、また、鎌倉・南北朝期の須永御厨における地蔵信仰の普及ならびに中世新田荘の経済活動を知る上で重要な石仏です。
阿弥陀如来坐像は、半肉彫りが浅く平板なため戦国時代の製作と考えられています。白色の安山岩を石材としたのは、洞内で隣に安置された地蔵菩薩像と対をなすためとみられ、大間々町を含む東毛地区では、戦国時代の石仏は少なく貴重です。
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