絹本著色三仏諸尊集会図〈趙〓筆/〉 けんぽんちゃくしょくさんぶつしょそんしゅうえず

絵画 / 

  • 趙〓
  • 南宋
  • 1幅
  • 重文指定年月日:19880606
    国宝指定年月日:
    登録年月日:
  • 満願寺
  • 国宝・重要文化財(美術品)

 本図は図の中心に釈迦如来と文殊・普賢の二菩薩および十大弟子を配しているところから、釈迦が法華経を開説したとき、諸尊をはじめ法華経を護持する護法善神が会座するところを描く法華経諸尊集会図というべきものである。
 本図の左端中ほどに細字で墨書される「四明趙〓筆」は、千葉・法華経寺本十六羅漢図屏風の第二尊者(ボストン美術館蔵)等の落款「四明鹹塘趙〓筆」と同筆とみられる。筆者趙〓は、画史や地方志にもその伝をみないが、落款に「四明」「四明鹹塘」と冠しているところから、寧波域内の、現在の咸塘街に居住していたことが知られる。また咸塘街に近い車轎街の西や石板巷には金大受や陸信忠らが居住しており、趙〓もこの寧波の限られた地域すなわち東南廂の職業画工集団の一人として活動していたことが推測される。
 本図は、目の詰んだ良絹を用い、諸仏諸尊をはじめ、宝塔はいずれも狂いのない筆致でその形像が正確に描写されている。ことに十大弟子のやや写実味のある描写や武将形、力士形の凄味のある写貌表現が特筆される。また濃密な賦彩と細緻な文様表現は本図の特色であり、筆者の本領を示すものである。
 その描写表現は、概して善本の陸信忠などと共通するところがあり、同時代の趣向を反映したものといえる。したがって、制作年代は陸信忠の落款にみられる「慶元府」が置かれた紹煕五年(二九四)から至元十四年(一二七七)ころがその目安となるが、やや固い描写筆致や冷たい色彩感覚が看取されるところから、南宋も元に近いところに置かれよう。
 ともあれ、寧波の多くの職業画工の中にあって、遺例の少ない趙〓の一作として、またわが国の鎌倉仏画に少なからず影響を及ぼした寧波仏画の優れた一本として高く評価される。

絹本著色三仏諸尊集会図〈趙〓筆/〉

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