神社の守護獣としての獅子狛犬像は、平安時代以来数多く造立されたが、いわゆる門神的な意味から社殿の内ではなく、階上縁などに置かれたためもあって、その平安期に遡る遺例はきわめて少ない。
滋賀・御上神社、京都・藤森神社、広島・厳島神社に伝わる獅子狛犬像はその稀な遺例として知られ、既に重要文化財に指定されている。
本一対象はこれらに比べて一段と大型のものであるが、前肢を揃えてほぼ正面向に前傾するやや胴長の姿、身体にそって後方へ柔らかく流れるたてがみ、筋骨の盛上がりを控えた表現など、前記平安古像と共通するところが多く、相近い頃の製作であることを思わせる。
しかし、嘉応元年(一一六九)の平清盛による社殿造営にその製作時期を結びつけて考えられる厳島神社像と比べると、本一対像では躰部に比して頭部が大きく、威嚇の表情がより直截であり、たてがみや肢毛の先を巻くものがあり、僅かながら鎌倉時代の獅子狛犬の要素が認められる。
製作の時期は鎌倉新様の芽生え始めた平安時代も末期とみるのが妥当であろう。
近世史料であるが、『白山諸雑事記』に、「本社の前二ツノコマ犬は、往昔陸奥・出羽ノ押領使秀衡ノ寄進、雲慶ノ作ト云伝也」とあり、鎌倉時代の巨匠運慶作の伝承はともかく、本一対像の製作をこの頃と考えても矛盾がない。
阿形の獅子、吽形の狛犬ともに檜の寄木造で、漆塗彩色仕上げとしているが、現状すべて剥落、黒色を呈し、獅子の耳、狛犬の頭頂の一角を失い、狛犬の尾を補作するが、保存状態は良好といえ、遺例の少ない平安期獅子狛犬の大作として推賞される。
もと本殿外陣に安置されていたが、美術院により解体修理が施されたのち、新設の宝物殿に収納陳列されている。