醍醐寺清滝宮拝殿 一棟
醍醐寺は山上、山下の二伽藍に分かれているので、その鎮守である清滝宮も山の上下にある。上醍醐の清滝宮は寛治三年(一〇八九)の勧請といわれ、拝殿ははじめ三間三面の規模であったが、応永十七年(一四一〇)正月二十七日焼失したので、永享十一年(一四三九)に本殿が再建され、その五年前の永享六年(一四三四)に拝殿の立柱が行われた。これが現存の拝殿である。
桁行七間、梁間三間の大規模な拝殿であって、急な崖に依っているため、正面の床下を長くして、いわゆる懸造とし、特徴のある姿を示している。入口には、三間の向拝を付している。面取りの角柱に舟肘木をのせ、小舞裏の軽快な軒を受ける。柱間には蔀戸を吊っている。これらの手法は住宅風で、寝殿造の手法を伝えているとみられる。向拝は軒の唐破風や蟇股で飾っているが、ここには室町時代初期の様式がみられる。この拝殿は室町時代拝殿の重要な遺構である。
【引用文献】
『国宝辞典(四)』(便利堂 二〇一九年)