二条城は徳川家康の宿所として築城されたものであるが、現在の建物は、後水尾天皇の行幸を迎えるために、小堀政一を作事奉行として、寛永元年(一六二四)から三年にかけて行われた、増改築にともなって建てられたものとされる。二之丸御殿は遠侍、式台、大広間、黒書院、白書院の五棟からなり、城館建築の代表例として、建造物の国宝に指定されている。各棟内部にはほとんど当初のまま保存された障壁画が現存しており、今日、城館と一体となってみることができる障壁画として唯一の例とされる。これらの筆者としては、幕府御用絵師であった狩野探幽を筆頭とする狩野派一門が考えられ、桃山時代障壁画の雄大な画風をなお色濃く伝えている。