天正十八年(一五九〇)正月、豊臣秀吉(一五三六~九二)が播磨一国の枡を統一するために作製した基準の一升枡で、姫路の芥田氏に与えたものである。
桧材を用い、四方口縁を鉄板張りにするいわゆる金状枡である。底面裏側には、枡の内法寸法とこの枡の写を国中へ相渡すべきことを記した天正十八年正月日の和久是安の墨書があり、側面外側の一面には「播州/芥田所納」の墨書と秀吉の奉行であった増田長盛の花押、他の面にも浅野長政の花押がある。また、側面と底面の内側に、岡山池田家の家紋(丸の中に揚羽蝶)のある焼印が五顆捺されて江戸時代にもこの枡が尊重されていたことを示しており我が国度量衡史上に貴重な歴史的遺品である(なお、容積は現行の一升枡よりやや小さい)。
附の木製手提箱は枡の収納箱として作製されたもので、芥田家において本枡が丁重に取り扱われていたことを示している。
この枡を伝えた芥田氏は清和源氏の世良田氏の後裔と伝え、播磨における秀吉直轄領の代官を務めるとともに、当国の鋳物師の頭領でもあった。