岩倉具視関係資料 いわくらともみかんけいしりょう

歴史資料/書跡・典籍/古文書 / 江戸 明治

  • 京都府
  • 江戸~明治
  • 1018点
  • 京都府京都市中京区寺町通荒神口下る松蔭町138-1
  • 重文指定年月日:20000627
    国宝指定年月日:
    登録年月日:
  • 京都市
  • 国宝・重要文化財(美術品)

 幕末から明治前期の政治家・岩倉具視(1825~83年)の政治思想および政治活動を知り得る一括資料である。
 今回重要文化財指定をうけた岩倉具視関係資料は、その内容から書状、記録、詠草類と遺品類、さらに伝記編纂関係資料に大別される。
 書状、記録、詠草類の中には、和宮降嫁<かずのみやこうか>に反対する公家等に対立して洛北<らくほく>岩倉村に蟄居中の慶応元年(1865)、薩摩藩を討幕に動員する誘因となった岩倉の代表的著作「叢裡鳴虫<そうりめいちゅう>」がある。また欧米を歴訪した明治4年11月から同6年9月までに発した書簡をまとめた「万里風信<ばんりふうしん>」は、家人に宛てた体裁をとるものの遣外使節の実情を知ることができる。さらに明治2年から8年にわたり子息具綱に宛てた書簡をまとめた「長閑玉章<ちょうかんぎょくしょう>」は子の将来を案じる人間岩倉の一端がうかがえる。さらに30巻に成巻された「岩倉公関係文書」は岩倉の政治家としての原点ともいえる著作「神州萬歳堅策<しんしゅうばんざいけんさく>」をはじめ、日記、自筆書状、意見書、建議案が相当数含まれる。さらに岩倉の政治的地位を反映して、重要な往来書簡や建白書等が多数収められており、幕末・維新期の政治史の動向を伝えて興味深い。
 次に、遺品類には、岩倉村蟄居の折りに使用していた日用什器類のほか、明治7年1月に旧土佐藩士族に襲撃された赤坂喰違事件<あかさかくいちがいじけん>で身に付けていた紋羽織、袴、紋服、角帯や脇差、そして遣外使節団として訪欧した際に彼の地で入手した懐中時計等が含まれ、これらは岩倉存命中の往時を偲ぶものである。
 さらに、伝記編纂関係資料としてまとめた大部の資料がある。これは明治16年7月20日の岩倉死去と同時に勅命により着手され、明治39年に刊行された『岩倉公実記<いわくらこうじっき>』に関連して採集された資料群である。その内容は多岐にわたり、岩倉の人物像を語るうえでも注目される。
 このように本件は、幕末から明治前期の政治史の基本資料として日本近代史研究上に貴重である。
 なお、本件の資料の大半は、『岩倉公実記』編纂後、岩倉具視幽棲旧宅内に昭和3年(1928)に建てられた洋館「対岳文庫<たいがくぶんこ>」に収められ、現有に帰したものである。

岩倉具視関係資料

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