これらの資料は46年から48年に行われた台渡里廃寺跡南方地区の発掘調査によって第1号住居跡と呼称される遺構から出土したものである。住居跡として報告された遺構は,7.1m×3.6mの長方形を呈し一般的な住居とは形態が異なり,意向からは土製仏像鋳型,土製坩堝,須恵器及び土師器のほかに十数点に及ぶ銅滓,白色粘土も出土していることから工房跡であると評価される。
仏像鋳型は発掘調査で2点が出土し,その後昭和62年に同じ場所で1点が採集された。これら3点は同一個体と思われる。土製仏像鋳型は光背に二重の円光をつけ,総高4.2cmの蓮華座に結跏趺坐した阿弥陀如来坐像である。縁の部分に銅滓とみられる物質が固着している部分がある。
共伴して出土した土製坩堝4点は,銅を溶かし仏像鋳型に銅を流し込む工程で使用されたと考えられる。鋳型から作り出される仏像は,その図像及び形状から押出仏の原型とみられ,土製坩堝とあわせて寺院の附属工房における伽藍内を飾る荘厳具の生産活動の一端を示す資料として貴重である。
共伴して出土した須恵器は,甕,坏,高台付坏である。須恵器坏は底部に「往生料」あるいは「往生所」と読める墨書が認められる。これらの須恵器は形態的特徴などから9世紀前半のものと推定され,土製仏像鋳型及び土製坩堝を含む工房跡の年代を決定するうえで,定点となる資料である。
以上の諸特徴及び国指定史跡台渡里廃寺跡から出土した意義を考慮し,一括して市の文化財に指定する。
全9枚中 8枚表示