東大寺第三代の大勧進職にあった退耕行勇(一一六三~一二四一)の自筆書状で、鎮守八幡宮社壇移転の次第を奏聞に及ぶべきか否かを、東大寺衆徒の評定によって取決めてくれるよう、年預五師に依頼したものである。年紀はないが、内容によって嘉禎三年(一二三七)の文書と判明し、行勇晩年の筆跡を伝えている。行勇書状は『民経記』紙背文書、『宝簡集』等にその存在が知られるが、いずれも権律師の位署を据えたもので、本文書のごとく、東大寺大勧進名で発給されたものは他に類例なく、内容も東大寺鎮守八幡宮移転の経過を明らかにして、建築史上にも注目される。