鏡面に十一面観音菩薩坐像を線刻した鏡像である。
線刻は繊細かつ流麗で、均整がとれ堂々とした体躯を形作っている。着衣や天衣の衣褶【いしゅう】線など、細部も的確に表されており、あたかも平安時代の白描画【はくびょうが】を髣髴とさせる。鏡胎も素文ながら径が三〇センチメートルを超え、鏡像としては大型の部類に属するものである。
さらに鏡背に記された銘文から、本件が長承三年十月二十三日、勧進大法師定俊【かんじんだいほっしじょうしゅん】によって、二月堂に施入されたことが知られ、十一面観音像の作風を勘案すれば、鏡像自体もこの時期に製作されたものと判断される。なお二月堂については東大寺二月堂を指すと考えられる。また定俊については、「前安房守伴廣親勘注案」大治四年(一一二九)三月日条や「東大寺牒案」永治元年(一一四一)十月二十九日条などに名の見える東大寺僧と同一と考えられる。
平安時代鏡像の基準作として貴重である。