銅版画見本帖〈亜欧堂田善筆/(十二図)〉
どうはんがみほんじょう〈あおうどうでんぜんひつ/(じゅうにず)〉
版画 / 江戸
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亜欧堂田善
- 福島県
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江戸
- 銅版画見本帖
一 多賀城碑図 縦二八・四 横二一・八
二 洋人曳馬・地球儀図 縦三五・五 横二四・〇
三 驪山比翼塚図 縦二六・〇 横一九・二
四 動物と市松模様図 縦二八・四 横二一・七
五 ヴァイオリン図 縦三六・〇 横二四・〇
六 マリー・ルイズ図 縦二八・三 横二一・七
七 ネーデルラントの独立図 縦二八・三 横二一・七
八 フローニンへンの新地図図 縦三五・六 横二四・〇
九 農耕女神像図 縦二六・二 横一九・二
一〇 ピョートル大帝図 縦二八・六 横二一・六
一一 稲穂と雀図 縦二八・五 横二一・七
一二 稚松と夜の捕鳥図 縦三五・三 横二四・〇
銅版画原版
銅版画見本帖のうち
多賀城碑図/ネーデルラントの独立図 縦二八・八 横二一・九
(単位はすべてセンチメートル)
- 1帖
- 福島県須賀川市池上町六
- 重文指定年月日:20120906
国宝指定年月日:
登録年月日:
- 須賀川市
- 国宝・重要文化財(美術品)
亜欧堂田善(本名永田善吉、1748~1822)は須賀川の住人で、松平定信に見出され、その手元にあった舶来銅版画等を研究し、医学書の挿図や大型地図などを制作した。本見本帖は各種画題の一二図が一帖に貼り込まれたもので、舶来銅版画の模刻、意匠図案、風景画など、内容は多岐にわたり田善の作域の広さをうかがわせる。うち二図の原版が伴い、「驪山比翼塚」(文化2年〈1805〉)や「多賀城碑」(文化4年)は制作年が判明する。江戸後期における銅版画の文化史的展開を考察する上で欠かすことのできない作品であり、芸術的にも技術史的にも重要な一群である。