高原町の狭野地区と祓川地区それぞれに伝承される神楽で、地元で神舞と呼ばれる。両地区は地元で信仰対象となっていた高千穂峰【たかちほのみね】の東麓に位置する。同峰の周辺では信仰を背景に高い柱をかかげる神舞が各地で行われた。そのなかで高原の神舞は、江戸時代の早い頃には現在と同じように行われていたとされる。
ともに舞の場所に三本の高い柱を立て、その前に三間四方の広さに注連縄【しめなわ】で区画し、舞い手の出入りのために鳥居を設け、その中で二十数演目を夜を徹して舞う。仮面を付けずに手に剣や御幣などを持っての舞や仮面を付けて神に扮しての舞があるが、各演目とも基本的に舞が中心で、途中で静止して神歌を唱える。舞に演劇的な要素が少なく、剣を持っての舞では、刀の柄を持って舞ったあとに剣先に持ちかえて舞う。他の神楽のように刀を持って、ゆるやかに舞うのではなく、剣先を握りしめて振り回すなど勇壮である。
本件は、霧島連山に対する信仰を背景に、高い柱を立てて大規模に行われていた神舞の姿を現在も継承しているもので、特別な舞の場を設けることや、剣を持っての勇壮な舞などに特色があり、芸能の変遷過程や地域的特色を示し重要である。
(※解説は指定当時のものをもとにしています)