笠間藩校の扁額 かさまはんこうのへんがく

歴史資料/書跡・典籍/古文書 その他 / 江戸

  • 「時習館」:松平定信
    「講武館」:牧野貞幹
    「旹習館」:徳川斉昭
  • 茨城県
  • 「時習館」:江戸時代、「講武館」:江戸時代、「旹習館」:江戸時代 / 「時習館」:1817年
    「講武館」:未詳
    「旹習館」:未詳
  • 「時習館」:木製,彫られた文字に胡粉で白塗りされている
    「講武館」:木製(ケヤキ)
    「旹習館」:紙本墨書
  • 「時習館」:縦44.4㎝ 横105㎝
    「講武館」:縦44.6㎝ 横104㎝
    「旹習館」:縦46.6㎝ 横113.6㎝
  • 3点
  • 茨城県笠間市笠間39番地
  • 笠間市指定
    指定年月日:20170628
  • 笠間稲荷神社
  • 有形文化財(美術工芸品)

「時習館」:文化14年(1817)に笠間藩が創設した藩校「時習館」の扁額である。牧野笠間藩3代藩主牧野貞喜が幕府老中を務めた前白河藩主松平定信に揮毫を依頼したものである。このことについては、貞喜の日記に記されている。

「講武館」:笠間藩で武芸の総合稽古場として、文政9年(1826)に建てられた「講武館」の扁額である。名前は記していないが、印章(落款)に白文印で「牧野鼎幹」、朱文印で貞幹の字である「子固」とあるので、牧野笠間藩4代藩主牧野貞幹の筆になることがわかる。

「旹習館」:文武医の3つの藩校が大和田の地に統合されて、新たな「時習館」となった時の扁額である。しかし藩内事情により、新築の時習館に掲げられることはなかったといわれている。斉昭自筆の「弘道館記碑文」と同じく隷書体で書かれており、「時」を「旹」と古い字体で記しているのも斉昭らしい書法である。

笠間藩校の扁額 かさまはんこうのへんがく

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