「時習館」:文化14年(1817)に笠間藩が創設した藩校「時習館」の扁額である。牧野笠間藩3代藩主牧野貞喜が幕府老中を務めた前白河藩主松平定信に揮毫を依頼したものである。このことについては、貞喜の日記に記されている。
「講武館」:笠間藩で武芸の総合稽古場として、文政9年(1826)に建てられた「講武館」の扁額である。名前は記していないが、印章(落款)に白文印で「牧野鼎幹」、朱文印で貞幹の字である「子固」とあるので、牧野笠間藩4代藩主牧野貞幹の筆になることがわかる。
「旹習館」:文武医の3つの藩校が大和田の地に統合されて、新たな「時習館」となった時の扁額である。しかし藩内事情により、新築の時習館に掲げられることはなかったといわれている。斉昭自筆の「弘道館記碑文」と同じく隷書体で書かれており、「時」を「旹」と古い字体で記しているのも斉昭らしい書法である。
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