明治四年二月に出された文書には、若松県が管轄地の社寺や除地、その外見分取調べるためとして、官員を派遣し、土地の大小など詳細な絵図を作成するよう命じた。この地引絵図については、「来ル十五日迠屹度取調可差出候」とされている。絵図の描き方から同様のものと思われる絵図は、指定後に市内でも新たに発見され、会津美里町でも発見された。当絵図に年代は記載されていなかったが、新たに発見されたものには明治四年の年代が記載され、また、古文書でもその存在が確認できた。当絵図は当時、村役人であった者の家から平成27年度に発見され、市へ寄贈を受けた。