明治
日本の中世後期から江戸時代後期の名医140数名を紹介。その中に華岡随賢(青洲)が紹介され「麻沸の方を製し、号して通仙散と曰う」ことや、乳ガンや骨疽などの治療で「皆来たりて治を乞い」と紹介している。浅田宗伯は、慶応元年(1865)、フランス公使ロッシュの難病を治療したことでも有名な医者。
書「活斎」
華岡青洲
治験図巻
華岡青洲肖像