重森(しげもり)三(み)玲(れい)(1896~1975)は,日本の昭和期における代表的な庭園研究家及び作庭家で,生涯において約370に及ぶ歴史的庭園の実測図を作成し,200近くもの創作庭園を残した。その中でも東福寺本坊庭園は昭和14年(1939)年に完成した重森の最初の大作で,方丈の周囲に作庭された4つの枯(かれ)山水(さんすい)庭園(ていえん)から成る。
南庭は大きな立石(たていし)・伏(ふせ)石(いし)を駆使した石組,斜行する直線により区分した白(はく)砂(さ)地(じ)と苔地に不整円形の築山(つきやま)を組み合わせた地割に特質が見られる。西庭はやや狭い空間の全体を白砂地で覆い,一辺2mの方形に刈り込んだサツキの植え込みを交互に配置して白と緑による大きな市松模様を描き出す。北庭は,北側の三ノ橋川の谷へ下る急斜面の樹叢との間の狭隘な平坦地に,一辺50cmの切石と苔地の市松模様を基調とする意匠・構成が著名である。東庭は7本の円柱石により北斗七星を象(かたど)り,アラカシの刈込みで天の川を表すなど,宇宙観を表現した点に特質がある。4つの庭園は,抽象的な意匠・構成を重んじた重森の独創的な作庭理念を余すところ無く表現しており,芸術上の価値及び近代日本庭園史における学術上の価値は高い。