彫刻 その他 / 明治 安土・桃山 江戸 室町 鎌倉 南北朝
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式部法眼祥賢
- 愛媛県
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南北朝時代 / 貞治6年(1367)
- 針葉樹材(ヒノキか)、一木造、内刳なし、彩色、彫眼。
木心を像背中央に外した針葉樹の一材より大半を彫成する。内刳は施さない。右手首先、左手第一指、持物、各別材製。
剃髪形。耳朶は紐状、不貫。三道を表す。内衣と覆肩衣を右前に着ける。その上に袈裟を懸け、左肩で紐で吊る。右肩から横披を懸ける。裙を着ける。左手は脚上で少し内に向けつつ仰掌する。右手は屈臂して少し内に向け、五指を相捻じ、持物の団扇を執る。右足を外(カ)にして趺坐する。
左手第一指先亡失。右手の持物(団扇)、表面の彩色のすべて、台座、以上後補。団扇は扇の付け根で折れる。左手に持物を執った可能性もあるが確定できない。
- 像高:30.1 頂-顎:10.2 面幅:7.1 面奥:9.7 耳張:8.3 胸奥(左):8.3胸奥(右):8.4 腹奥:11.6 肘張:19.8 膝張:24.7 坐奥:19.3(単位㎝)
- 1躯
- 愛媛県北宇和郡鬼北町大字芝612番地
- 鬼北町指定
指定年月日:20200327
- 有形文化財(美術工芸品)
『宇和旧記』、『等妙寺縁起』に「等妙寺山下に十禅師権現が存在した」という記述が認められ、本物件がこれに該当すると考えられる。町指定有形文化財(建造物)等妙寺蔵宮殿(室町時代後期)とセットで十禅師権現(本地仏延命地蔵菩薩)として山王社に祀られていたものが、明治の神仏分離により撤去され、観音堂内に移された可能性がある。