山倉1号墳は古墳時代後期6世紀後半の墳丘長46.3mの前方後円墳である。国分寺台地区の区画整理事業に伴い昭和49年から昭和50年(1974~1975)に上総国分寺台遺跡調査団により発掘調査が行なわれ、平成16年(2004)に財団法人市原市文化財センターにより発掘調査報告書が刊行されている。この古墳の墳丘からは、人物をはじめとする形象(けいしょう)埴輪(はにわ)が多数出土し、古墳に配置された当時の様子を復元することができた。
山倉1号墳から出土した人物(じんぶつ)埴輪(はにわ)は、埼玉県鴻巣市の生出(おいね)塚(づか)埴輪(はにわ)窯跡(かまあと)から出土したものと顔の表現を始めとした形態が共通しており、胎土(たいど)分析(ぶんせき)及び考古学的分析の結果から、本古墳の埴輪は、生出塚埴輪窯跡で製作されたことが明らかにされている。生出塚窯跡で製作された埴輪は関東地方の広い範囲に供給されているが、本古墳は、窯跡から最も遠くに運ばれた事例である。
形象埴輪は、人物に加え、翳形(さしばがた)、大刀形(たちがた)が復元されており、水鳥形(みずどりがた)、馬形(うまがた)、家形(いえがた) 等の残欠とあわせて、埴輪の配列が復元できる。この埴輪列は、県内で最も良好に残っている事例の一つであり、配列の中には、形象埴輪、朝顔形(あさがおがた)埴輪、円筒埴輪に加え、完形の土師器甕が1点含まれることから、埴輪列とあわせて埴輪祭祀のあり方を知ることができる。また人物埴輪の残りがよく、髪型や服飾が良好に観察することができることから、埴輪列とあわせて埴輪祭祀や当時の装束を考える上で重要な資料である。
本資料は、関東地方の首長間の交流を考える上でも重要な資料であるとともに、千葉県における6世紀後半の古墳文化を特徴づけるものであり、県指定に相応しい文化財である。