福井崇蘭館本医学書 ふくいすうらんかんぼんいがくしょ

歴史資料/書跡・典籍/古文書 文書・書籍 / 安土・桃山 江戸 室町     南北朝

  • 大阪府
  • 南北朝~江戸時代、南宋~清時代、朝鮮時代
  • 154点
  • 大阪府大阪市中央区道修町2-3-6
  • 重文指定年月日:20200930
    国宝指定年月日:
    登録年月日:
  • 国(文化庁)
  • 国宝・重要文化財(美術品)

本医学書群は、自邸を崇蘭館と称した京都の医家福井家に伝わった。福井家が医家として名声を確立したのは、幕府の医員となった楓亭(ふうてい)(一七二五~九二)の代からである。幕末から明治時代の恒斎(こうさい)は朝廷に仕え、明治二十年(一八八七)には皇室の御医として上京している。医学書の収集は、恒斎の時まで続けられた。
一五四点(八三〇冊)からなる膨大なものであり、現存する崇蘭館旧蔵医学書では最大規模を誇る。国別の内訳で示すと、中国本一〇八点、朝鮮本二一点、和本二五点となり、中国本が最多である。
 中国本のうち南宋の版本は六点を数える。『方氏編類家蔵集要方』は南宋の方導が慶元三年(一一九七)に刊行した宋代を代表する医学書の一つで、その存在は本書によって唯一知られている。「葆素所蔵」などの幕府医官小島宝素蔵書印があり、宝素の作らせた函もある。福井恒斎の識語から明治十四年に福井家が入手したことがわかる。『続易簡方脈論』は南宋の王暐撰になる診法書で脈診部位の図などを載せる。幕府医学館の多紀元堅による嘉永六年(一八五三)の影宋本のみが知られていたが、その原本と考えられるもので、本書のみが存在を知られる。
『重刊玉機微義』は明代の書を朝鮮活字で覆刻したもので、見返には嘉靖三十三年(一五五四)に国王が家臣に与えた旨の内賜記がある。和版の『察病指南』は、南宋の書だが中国では早くに失われ、近代になって中国に逆輸入された。蔵書印「崇蘭/館蔵」がある。
医学史、出版文化史研究上、極めて価値が高い。

福井崇蘭館本医学書

ページトップへ