旧入澤家住宅 きゅういりさわけじゅうたく

建造物 城郭建築 / 江戸

  • 江戸初期
  • 寄棟造平入・平家建て。
    当建物は当初でなく、「ヨリツキ」と「オクノマ」が増築された中古の姿で復原されている。
     1階平面は右勝手とし、正面右側を土間「ダイドコ」、左側を床上とする。「ザシキ」上手の正面側に「デイ」、背面側に「ナンド」、さらにその上手は増築部分であり、正面側に「ヨリツキ」、背面側に「オクノマ」を配している。建築当初の平面形式は、土間寄りの大きな部屋である「ザシキ」とその上手の「デイ」「ナンド」の3室からなる広間型である。天井は、「ザシキ」「デイ」「ナンド」には設けられておらず、「ヨリツキ」「オクノマ」は棹縁天井である。
  • 桁行20.951m(含左端土庇)、梁間9.915m
  • 1棟
  • 群馬県指定
    指定年月日:20180216
  • 個人
  • 有形文化財(建造物)

入澤家の先祖は鎌倉幕府滅亡後、信濃国佐久郡入澤村に落ちのび、地元豪族である村上氏に仕えた。その後、天文13(1544)年3月、信濃国を退去した入澤新八郎が、12名の従者とともに上州渋川に土着したとされる。南北朝時代に姓を入澤と改め、それが佐久市・渋川市で地名として残っている。
当建物は建築的特徴から17世紀初期に遡る県内屈指の古い建築と推定されている。昭和54(1979)年に渋川市入澤から、渋川八幡宮境内に移築復原され現在に至り、宮司及び神社関係者により大切に保存され、一般公開もされている。

旧入澤家住宅

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