猫塚家は江戸時代初期から花巻周辺の居住し、代々地域の新田開発に携わってきた家柄である。特に、五代目・彦四郎(嘉永6年没)及び六代目・忠之進(明治2年没)は花巻給人として、稗貫・和賀郡内の土木普請工事に数多く携わり、その記録として諸御用日記等をまとめている。中でも、最も古いものは資料名の明示は見られないが明和8年(1771)の水路・ため池等の普請事業に関する書留がみられ、また、最近時のものは慶応3年(1867)の諸御用日記がある。猫塚家文書諸御用日記には、当時の猫塚家が関わっていた普請等事業にかかわるやり取りや、穀物等の価格等について、克明に記録されていることから、江戸時代後期の花巻地域の世情や経済状況について、具体的な文書資料で確認することができる貴重な歴史資料である。