七言絶句 しちごんぜっく

その他の美術  / 明治

大久保利通は薩摩藩の下級武士の家に生まれ、藩政を掌握した島津久光の側近として幕末の政局に大きな役割を果たした。維新後は参議、内務卿として新しい制度の確立と近代産業の振興、外交問題の処理に尽力したが、旧士族の反抗に対処する中で暗殺された。

中国製の蠟箋に書いた七言絶句。『大久保利通日記』明治7年11月2日条に文言のよく似た詩があり、この年に起こった台湾出兵をめぐる交渉のため出張した清国で、交渉が妥結した後の作と推定される。

七言絶句 しちごんぜっく
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