明治初年から大正12年(1922年)にかけて長く争われた西ヶ丘山林の所有権紛議について調停が成立し、平和裏に解決したことを記念して建立された記念碑である。
篆額には篆書体で「平龢念」の3字を刻む。「龢」は「和」の異体字であり、「平和念」すなわち石碑建立関係者が調停成立による平和を讃えた所念が表されている。
本文では、西ヶ丘山林をめぐる所有権争議について、明治初年来数次におよぶ官民の調停が功を奏さず山林の荒廃が進んだことを記す。また、その後の大正12年(1923年)12月27日、犬上郡長および同郡役所中島順三郎課長による調停を受け入れて当事者の両集落(池寺、中野)が互譲のうえ、各七四町四反歩ずつに所有権を折半し、両集落の誼(よしみ)を復するに至った経緯が簡潔な漢文で綴られている。