明国箚付〈前田玄以宛/〉 みんこくさっぷ

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  • 東京都
  • 明時代 / 1595
  • 紙本墨書 掛幅 料紙 竹紙 1紙 朱文単槨方印(印文未詳)1顆を捺す
  • 縦100・9×横85・4(単位はセンチメートル)
  • 1幅
  • 東京都文京区本郷7-3-1
  • 重文指定年月日:20170915
    国宝指定年月日:
    登録年月日:
  • 国立大学法人東京大学
  • 国宝・重要文化財(美術品)

箚付とは檔案(中国王朝における公文書)の一形式で、国内での官僚・武官の任命書として発給、使用された。本箚付は、万暦23年(文禄4年(1595))2月4日付で明国の兵部が、豊臣秀吉に仕えた奉行衆の一人前田玄以を武官官職の都督僉事に任命した文書で、文禄の役(1592~1593)後における日明間の和平交渉のなかで、秀吉が日本国王に冊封された際に、旗下の朝鮮在陣、国内在国の諸将、諸大名、豊臣政権を支える老衆、奉行衆などを、明国武官の官職に任命したうちの一通にあたる。
 本文は、箚付発給の過程と目的を明記する。すなわち、秀吉が降伏のうえ冊封を申請してきたのでこれを許して日本国王に封じた、すでに国王秀吉が恭順したので配下である小西行長以下も明国の臣下である、これらを永く明国に臣属させるために豊臣(前田)玄以を都督僉事に任命する、よって国王秀吉を輔導し、和平を維持し、朝鮮国や沿海部への再侵略を止めるよう努力せよ、というものである。
 箚付は、竹紙を料紙とし、四周の装飾枠及び左上の「箚付」2文字を木板で藍色に摺り出す。本文は、楷書を用い、「聖諭」、「天朝」等、明国及び明国皇帝に関わる字句は2字抬頭及び1字闕字して敬意をあらわす。本文中及び宛所の「豊臣玄以」の4文字は本文とは異筆とみられ、かつ正字体「豐」を用いないこと、偽造・改ざん防止のための印章が捺されないことなどから、本箚付は日明の和平交渉の過程で比較的短時日で発給され、発給後に受給者名を加筆した「空名箚付」というべきものであると考えられる。
 原形状は、本紙に残される折り畳み跡から縦に折本状に2折りされたのち、天地中央部で横に1折りされたものと推定される。
 我が国における箚付原本は本件を含め3通が現存するのみで、中国においても明代の箚付は決して多く残されてはいない。このなかで、本箚付は、当該期の東アジア諸国に多大な影響を及ぼした文禄・慶長の役の経緯に直接関係する類例稀有な外交文書といえ、古文書学、東アジア外交史研究上に重要である。

明国箚付〈前田玄以宛/〉

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