太田古墳は、太田地内で水道工事中偶然石棺が発見され、昭和62年3月に発掘調査された。墳丘及び周溝形状は不明であるが、石棺は板石を組み合わせた箱式石棺を地表面下に構築した、いわゆる「変則的古墳」または「常総型古墳」の特徴を有する。石棺内には追葬を含む5体の人骨の外、銅鏡、直刀、刀子、鉄鏃、金環、玉類など豊富な副葬品が出土した。
古墳時代の鏡は、茨城県内では30数例しか確認されておらず、その内調査等で出土状況や所在が確認されているものは20例程度である。
後期古墳において、このような銅鏡を伴う豊富な副葬品群が、良好な発掘調査によって見出されている例は、例えば国指定重要文化財の三昧塚古墳に象徴されるように極めて乏しいため、本資料の学術価値は極めて高い。本古墳では銅鏡に加え、200点以上のガラス玉が出土しているが、これは、東日本における後期の大型前方後円墳と比べて質・量ともに遜色ない内容である。
本古墳は埋葬施設の特徴から、伝統的な在地の中・小首長と想定されており、そのような在地の集団が優れた副葬品を保持しえたことは、古墳時代後期の地域社会を考える上で無視できない事実として注目されている。古墳出土一括遺物として、特に後期古墳を研究するうえで貴重な資料である。
資料は八千代町歴史民俗資料館で保管し、一部常設展示している。