織原家文書は,海正八幡神社の宮司である織原家に伝来する文書で18通ある。海正八幡神社は,『徳島県神社誌』によると万寿年間(1024~1027年)に創建され,文永6年(1269)織原刑部丞実成が現在地に移転,再興したといわれ,織原家が代々神職をつとめている。
織原家文書の内容としては,元亨2年(1322)から応永17年(1410)までの「橘八幡宮神主職幷免田」の宛行・譲渡・売渡に関するものがほとんどであり,織原氏(中世の表記は折原氏)の神主職獲得の経緯,及びその背景にある在地状況が覗えるものである。
また、寛文初年に織原家側の事情により,橘浦の加子(水夫)である孫左衛門と二人で神主を務めることになり,元禄年間に織原氏から孫左衛門方に古文書13通が預け置かれる際に,織原家で文書の写が作成される(9通現存)。文化年間,伊勢の御師の言により,孫左衛門家で文書焼却事件が発生したと伝えられている。
織原家が所有する18通の中世文書の内,9通は孫左衛門方に預け置く際に作成された写しで,現状は一綴となっている。残りの9通は原文書で孫左衛門方に預け置かれず,織原家に残されたものである。