四つの球体の上に、ラッパ状の飲み口のある酒器で、酒を注がれると飲み干すまで床に置くことができない「可盃(べくはい)」の一つです。江戸時代の日本製ガラス器に比べて比重値が低いため、日本あるいは中国製の蓮珪酸ガラスの可能性が指摘されています。
本器は4冊の酒宴記録帖(文化元―明治39年・1804-1906)とともに伝来しています。記録から少なくとも嘉永年間には、福井村(現在の大阪府茨木市)の髙木侗山(1827-?)の所有になっていたことがわかります。記録帖は、酒宴への参会者の名とともに、串珠杯に注がれた酒を、何息で飲み干せるかという点が中心に記されていますが、なかには参会者が酔いのままに揮毫した詩や絵も収められています。参会者には、広瀬旭荘をはじめ当時の人名録に記載される人物も含まれており、文化人の交流の一端を語る資料として貴重なものといえます。
【びいどろ・ぎやまん・ガラス】