明治7年、神戸―大阪間に鉄道が開通しました。新橋―横浜間に続き、日本で2番目の開通でした。相生橋は、その際に神戸駅の東に設けられた跨線橋(こせんきょう、鉄道をまたぐ橋)です。
鉄道開通当時、機関車はイギリス製、機関士もイギリス人で、神戸―大阪間を1日8往復、70分かけて運転していました。相生橋は神戸の名所となり、汽車を見物しようとする人々で賑わいました。この錦絵にも、汽車が橋の下を通るのを一目みようと詰め掛けた人々の姿が描かれており、相生橋の人気ぶりを物語っています。左手奥に見える建物は、神戸駅です。
相生橋は、昭和6年(1931)の省線高架化にともなって廃止されました。
【近代の神戸】