その他の美術 書 / 安土・桃山
織田信長配下の武将として京都支配を担っていた羽柴(豊臣)秀吉が加賀方面へ米12石分の輸送を命じた命令書。当時、米の計量は畿内で広く使用されていた「京升」が標準とされていたことが分かる。急いでしたためたため、切紙という略式の料紙を用いている。(ルビ:きょうます、きりがみ)
豊臣秀吉朱印状
豊臣秀吉
豊臣秀吉条書 筑前国箱崎宛