春霞ただよう桃林に囲まれた一棟の書斎を描く。細やかで繊細な筆致と彩色の響き合う佳品である。円覚寺黄梅院の宗甫紹鏡による申年2月の序によれば、ある人が円覚寺の喝食に贈るべく、夢でみた光景を画師に描かせた一軸を持参して、宗甫に画中の書斎の命名を依頼したもので、宗甫は北宋の文同と蘇軾に言及しつつ披錦斎(錦をひろげたような美しい場所にある書斎)と名付け、あわせて円覚寺の文筆僧たちが詩を詠んだという。絵、序、賛を完備した典型的な書斎図であり、鎌倉の禅僧だけが賛を寄せた詩画軸としては希少な古例である。賛者の顔ぶれから、序が書かれたのは寛正5年(甲申、1464)にあたる可能性が高い。絵は15世紀後半の京都で描かれた諸作例に通じる細緻な筆致をみせ、空間構成法も周文系統の諸作例に通じる。つまり鎌倉で着賛された本作は京都風の強い作で、祥啓が京都から戻るおよそ10年前、享徳の乱さなかの鎌倉の嗜好の一端をうかがわせる点でも重要視される。