唐美人 とうびじん

絵画 日本画 / 江戸

  • 蠣崎波響  (1764年~1826年)
  • かきざきはきょう
  • 北海道函館市
  • 江戸時代 / 1814年
  • 絹本彩色,軸装
  • 縦108cm×橫44cm
  • 1幅
  • 北海道函館市青柳町17番1号 市立函館博物館
  • 指定:昭和38年11月3日
  • 函館市
  • 函館市指定有形文化財

蠣崎波響(1764~1826)は第12世松前藩主資広(すけひろ)の5男として福山城に生まれ、家老蠣崎将監広当(ひろまさ)の跡継ぎとして養子になり、家老を務めた。
落款には「戌初冬製於梅痩栁眠邨舎波響」とあり、陸奥国伊達郡梁川(現福島県伊達郡梁川町)の波響邸で描かれたことがわかる。松前藩が梁川に移封されていた期間では、戌は文化11年(1814)にあたる。
円山応挙晩年の弟子で、波響と同時代に活躍した渡辺南岳(1767~1813)は同一の絵柄「楚蓮香図(それんこうず)」を描いている。楚蓮香は唐の玄宗皇帝時代、その香りにひかれて蝶が舞ったという幻想的な美女である。波響の「唐美人図」が文化11年作で、南岳はその前年の文化10年に死去しているので、明らかに波響の作品が後筆である。共通の師である応挙の作品を2人が写した可能性もあるが、現在確認されている2点のみを比較して、南岳の原本を波響が写したものと考えられる。
とくに、波響の作品は勢いのある強弱のついた墨線が特徴的である。

唐美人 とうびじん

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