歯長寺に伝わる縁起の中世の写本。住職寂証が至徳3(1386)年に筆録した内容を、享徳3(1454)年に秀栄が書写したもの。『歯長寺縁起』と呼ばれているが、内容は等妙寺(鬼北町)と歯長寺の両寺院にまつわる。歯長寺は、もとは孝謙天皇勅願寺として建立されたと伝わり、元応2(1320)年に宇和荘西園寺氏配下の開田善覚が発願し、戒壇院設立のため下向中の理玉和尚を中興開山として再興され、京都法勝寺の末寺となった。寺院の由来を中心とする縁起とは趣が異なり、元応2(1320)年から67年間にわたり寂証が見聞した出来事や風聞などを記しており、元弘・建武年間の動乱に関する記事も多い。