高岡市伏木の帆船太陽丸の船長・田子竹次郎(1856~1930)家に保存されていた資料。伏木は近世より北前船などの寄港地として栄えたが、近代以降、船も洋式化した。しかし、全てが一足飛びに蒸気船になったわけではなく、西洋式の2本以上のマストを備えた帆船(スクーナー)も普及した。
太陽丸も洋式帆船であり、写真「伏木港に停泊する洋式帆船」(No.2)もある。新潟、函館などを拠点にロシアとも貿易をしたことが本資料からわかる。また船体検査証やペスト流行地に寄港していないことの証明書、そして米、味噌、醤油、鮭・鱒、アザラシの皮などを積載したこと、函館のロシア領事館で発行されたロシア語の各種証明書など具体的な貿易の実態の一端がうかがえる貴重な資料である。
被災資料(文化財)レスキューNo.4。
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