高岡の俳人・俳画家の筏井竹の門筆の蘇鉄図。植木鉢と土に彩色あり。
落款「竹の門生」、朱文方印「虎」。
八双に沿って天が破れている。
筏井竹の門(1871.11.28~1925.3.29)
俳人・俳画家。名をたけのかど、たけのもんとも呼ぶ。北雪(ほくせつ)・四石(しせき)の別号がある。本名は虎次郎、旧姓向田(むくた)。旧金沢藩士の家系。金沢市に生まれる。1892年(明治25)高岡に転居、繊維商北一合資会社に勤務。97年日本派俳句会越友会の結成に参画。1900年高岡大火後に移住した桐木町の住居を〈松杉窟(しょうさんくつ)〉と呼び各地の俳人が来遊した。河東碧梧桐に師事し、越友会の指導者、『高岡新報』俳壇の選者となり俳誌『葦附(あしつき)』の刊行、浪化忌の開催など越中俳壇に貢献する。大正期には自由律俳句に向かう。また冨田渓仙・小川芋銭らと親しく往来して俳画に打ち込み,多数の淡彩墨画を遺す。句集・歌集・遺墨集4種がある。享年55。子息は歌人の筏井嘉一。
<参考文献>
・富山大百科事典〔電子版〕、北日本新聞社、20190213アクセス
・『筏井竹の門覚書』 江夏半夏著 折柳草舎発行 1990.04発行、10p
・『筏井竹の門遺墨百選』高岡市立美術館編集及び発行、昭和49年、年譜