延宝7年(1679)に作成された河内国丹北郡城連寺村の絵図。当時の城連寺村は幕府領と旗本小出氏領の相給地で、絵図は小出氏領での検地にともない作成された。宛先にある三輪弥三兵衛は小出氏領の代官と考えられる。地目ごとに塗分けられており、小出氏領については田畑は一筆ごとに等級・種別・反別・石高・人名が記されているが、幕府領については「城連寺村わけ/平野伊兵衛殿御代官所」とのみ記されている。裏面に題箋がある。宝永元年(1704)の大和川付け替えとその後の新田開発によって村の景観が大きく変わる前の状況を知るうえで参考となるものである。