江戸幕府は1857年に長崎鎔鉄所(のち長崎製鉄所に改称)に着工し1861年に竣工させたが、その際海軍伝習所教官のオランダ海軍将校ヘンドリク・ハルデスの指導で国産初の建築用赤れんがを焼成した。その後、この平板な形状の「ハルデスれんが」の系統を引くれんがが長崎近辺で生産されるが、その形から「蒟蒻れんが」と称された。薩摩藩士五代友厚らと英国商人グラバーが共同で1866年に着工し1868年(明治元年)に完成した「小菅修船場巻揚器械小屋」は、改修船舶を巻き揚げる原動機を収めたフランス積みれんが平屋で現存する日本最古の赤れんが建築である。「-」刻印