江戸
1853年8月に来日したロシア使節プチャーチンは、ペリーとは対照的に長崎に来港し、時間をかけて幕府への国書手交を達成した。その後日本を離れ、翌年1月に再度長崎に来港する。資料は、この時の旗艦パラルダ号を描いた長崎版画。
魯西亜人初テ来朝登城之図
未詳
木造阿弥陀如来坐像
鍋島直正品川台場巡視之図
陣内松齢
長崎港之図