喜多紅平等宛書簡 きたこうへいとうあてしょかん

歴史資料/書跡・典籍/古文書 / 大正

高岡市横田生まれの歌人喜多紅平(明治25(1892)年2月2日~昭和14(1939)年11月8日)宛等の書簡100点と人物写真1点である。喜多紅平の本名は清一。呉服商を営み「アララギ」「まるめら」「立春」「高原林」などに所属し筏井嘉一、大熊信行、古谷雲歩、増山清一らと交流した。47歳で没した翌年に遺歌集『転生』が刊行された。
宛先は喜多紅平宛34点(本名清一2点含む)、喜多家親族宛18点、半古堂(増山清一)方喜多浩平氏追悼会事務所46点、その他宛先2点の計100点で、差出人に大熊信行(12点)、筏井嘉一(6点)、小川千甕(5点)の名がある。大熊信行が文部省在外研究員として留学していたベルリンからの書簡4点、高松翠(方等みゆき)の賀状、相馬御風からの遺歌集『転生』恵贈礼状等があり大正、昭和初期の県内外の歌人、文化人との交流を伺うことができる資料である。写真は14人の人物が写っているが詳細は不明である。

【主要参考文献】
・『高岡市史』下巻、1976.2 青林書院新社発行、高岡市史編纂委員会/編 
・『富山県文学事典』、1992.9 桂書房発行、富山県文学事典編集委員会/編
・『富山大百科事典 上』北日本新聞社1994.08発行、富山大百科事典編集事務局/編集
・『高岡史話』上巻、1964.10 高岡史談会発行、柿谷米次郎/編
・『城端町史』1959.09 城端町史編纂委員会/編・発行
・『青春挽歌』 1965 短歌時代社発行、大坪晶一/著
・『筏井嘉一全歌集』 1993.12 短歌新聞社発行 筏井嘉一著

喜多紅平等宛書簡

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