木造三十三応現身像
もくぞうさんじゅうさんおうげんしんぞう
彫刻 木像
- 愛知県
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室町時代 / 1501~1572
- 三十三応現身像とは、『法華経』観世音菩薩普門品第二十五によると、観音菩薩はあまねく衆生を救うために相手に応じて三十三の姿に変化するといい、それを図像化したものである。すなわち、仏身、辟支仏身、声聞身、梵王身、帝釈身、自在天身、大自在天身、天大将軍身、毘沙門身、小王身、長者身、居士身、宰官身、婆羅門身、比丘身、比丘尼身、優婆塞身、優婆夷身、長者婦女身、居士婦女身、宰官婦女身、婆羅門婦女身、童男身、童女身、天身、龍身、夜叉身、乾闥婆身、阿修羅身、迦楼羅身、緊那羅身、摩睺羅伽身、執金剛身の三十三身である。
本応現身像の像高は64.8~78.2㎝。いずれも正面を向いて岩座に直立する点では共通するが、印相を結ぶ像、持物を執る像など三十三様の姿にあらわされる。
檜の寄木造り。彫眼。彩色仕上げ。構造はおおむね体幹部を前後二材から構成し、これに頭部を挿し込み、さらに両肩先、両手先、両足(沓)先、足枘等をそれぞれ別材矧付けとする。
観音堂本尊の御開帳が平成12年(2000)に行われたが、それに先立って、仏師江場琳黌氏による三十三応現身像の修理が行われた。像は膠の接着力が失われた状態であったことから解体を伴う修理となった。像は洗いにかけられ一度木地にした上で修復がなされた。その際、破損箇所や欠失した持物などが補われ、天身像一躯が新たに造立されたという。半堅地漆、胡粉下地、彩色仕上げ(仏身像は漆箔仕上げ)。盛り上げ文様、漆箔押し。像内には元禄8、9年(1694、95)の再興銘札が納められていたという。
本応現身像はいずれも全身に比して頭部が大きく、両手先や両足先が小さく、やや寸詰まりな体形にあらわされる。ただし明王形の像では憤怒の表情において力の入った入念な彫口をみせ、衣の柔らかな質感を巧みに表現している。また元禄時代に修理が行われた点も考え合わせると、本応現身像は室町時代後期から末頃の作と推測される。
- 像高64.8~78.2cm
- 32軀
- 愛知県春日井市白山町9丁目1番地7
- 愛知県登録
指定年月日:20230804
- 宗教法人 円福寺
- 有形文化財(美術工芸品)
明暦3年(1657)に再建された観音堂には、中央の厨子に十一面観音立像、厨子の向かって右に不動明王立像、左に毘沙門天立像が祀られる。この三尊像を挟む形で左右に木造三十三応現身像が安置される。