高岡古城公園の本丸東隅から北方向を撮影した写真絵葉書。
手前に朝陽橋、奥に中の島が写っており、さらに奥には二上山が見えている。
中の島は明治42年(1909)の皇太子(後の大正天皇)北陸行啓に向けての古城公園整備の一環で、同40年に湶町深田地内の民有地(畑)1,365坪を高岡市が購入し、公園用地に編入して造成されたものである。
また、明治42年の絵葉書には中の島の南端(現在の緑翠亭の場所)に東屋がみられるが、本資料にはみられないため、明治42年以前に撮影されたことがわかる。
未使用。
<参考>当館特別展『高岡古城公園の150年』パンフレット,2025年