細川忠利知行宛行状写 ほそかわただとしちぎょうあてがいうつし

歴史資料/書跡・典籍/古文書

  • 桃山時代 / 1639年
  • 縦37.4 横53.2㎝
  • 1通

七左衛門家初代景房は、熊本藩細川家に仕えていましたが、島原の乱後の恩賞問題により浪人となり、後に彦根藩井伊家に召し抱えられ、長谷川から本多に改姓したと考えられます。本資料は、熊本藩主細川忠利が、長谷川太郎介に肥後国山鹿郡上内田村・玉名郡下分田村両所において、三百石ずつを与えた領知宛行状の写しです。本資料は、江戸時代後期に彦根藩士の本多七左衛門家から藩に提出された文書類の写しの一つと見られます。

細川忠利知行宛行状写 ほそかわただとしちぎょうあてがいうつし
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