手塚律蔵書簡 てづかりつぞうしょかん

歴史資料/書跡・典籍/古文書 文書・書籍 / 江戸

  • 手塚律蔵  (1822~1878)
  • てづかりつぞう
  • 東京都
  • 安政元年9月2日 / 1854年
  • 紙本・墨書・掛幅
  • 本紙縦15.9、横50.5(cm)
  • 1幅
  • 山口県萩市大字堀内355番地
  • 木戸孝允旧宅襖下張り文書
  • 萩博物館

手塚律蔵が桂小五郎(木戸孝允)に送った書簡。手塚は周防国熊毛郡小周防村(山口県光市)に生まれ、謙蔵とも称し、のちに瀬脇寿人と改めた。長崎で西洋兵学を学び、反射炉のテキストとして使用された『西洋鉄熕鋳造篇』を訳述。嘉永4年(1851)佐倉藩に召し抱えられた。同6年、江戸に開いた又新堂塾には、桂のほかに西周や神田孝平らが学んだ。この書簡は、手塚が校閲して刊行されたばかりの『洋外砲具全図』を桂に呈上したいなどと伝えていることから、安政元年(1854)のものと考えられる。また手塚は、桂を通じて中島三郎助が所蔵する船図を入手しようとしていたこともわかる。木戸孝允旧宅の襖の下貼りから発見された珍しい資料。

手塚律蔵書簡 てづかりつぞうしょかん
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