紅地鳥蝶唐花文錦

工芸品 染織

  • 喜多川平朗  (1898-1988)
  • キタガワ、ヘイロウ
  • 昭和35年 / 1960
  • 絹、錦・1
  • w60.0 L898.0

喜多川平朗 1898-1988

紅地鳥蝶唐花文錦(くれないじとりちょうからはなもんにしき)

絹/錦
W.60, L.898cm 1960年

KITAGAWA Heiro
Nishiki type silk, bird, butterfly and flower scroll motifs
silk / nishiki (brocade) type weaving

裂地における表層は構造と不可分であり、図と地もまた等価である。縦横に走る糸の色や太さや交差の仕方に工夫をこらして表わされる両者には、主従の要素が入る余地はなく、その平衡が崩されれば、布という形式、そして存立さえもかなわない。ここでは様式化された鳥と蝶が織り出されて文様という秩序を築き、紅色の地と一体となって、光沢豊かな表情を実現している。
喜多川平朗は宮中装束調進の高田義男と協力して古典を研究し、1930年には正倉院御物を、その後も平安時代以来の国宝、重要文化財の織物の調査を行って、その復元模造に従事した。復元とはいえ忠実な技法書が残されていたわけではない。機の用意から糸の準備、求める光沢や風合いにあわせた太さと硬さが撚りや練りの工程によって調整され、さらに染料、筬の打ちこみ方まですべて把捉することが必要である。この錦織もまた厳島神社に伝えられた雛形装束の半臂(はんぴ) (束帯着用の際、袍(ほう)と下襲(したがさね)との間に着る袖無しの胴衣)地の復元であり、長期にわたる取り組みの成果を伝える1点である。


1898年 京都市生まれ、家は西陣で17代続く機業俵屋
1921年 京都市立絵画専門学校日本画科卒業、23年より父について家業の織物製織を学ぶ
1927年 宮中装束調進の高田義男の要請により有職織物製織業をはじめる
1956年 重要無形文化財「羅」技術保持者に認定される
1960年 重要無形文化財「有職織物」技術保持者に認定される

紅地鳥蝶唐花文錦

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